犬も鳴かぬ遠吠え岬・・・のブログ


Mr.Moonの自己満足・憂さ晴らしのための、日記のようなメモのようなヘリクツのような文章を吐き出す頁です
by mrmoont
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夢中で一気読み:『バッテリー』

なんだか最近、読書熱が高まっています。
そのきっかけとなったのが、あさのあつこさんの『バッテリー』。
2年くらい前にお知り合いさんに薦められ、文庫1巻を購入したのが最初なのですが、
読み始めるまでに半年、さらに2巻を購入してから最近まで一年半放置(汗)。
ですがこのたび、2巻から6巻+ラストイニングまで一気読み!!
やればできるじゃん、私(爆)。というか、何で読まなかったんだ、私!

1巻が面白くなかったというわけではないんですが、
やっぱり単なるプロローグという印象しかなく、
2巻からが本当の『バッテリー』の面白さが始まるというか。
特に4~5巻は本当に夢中になって読んじゃうくらい面白くて、
気づけば2巻からラストイニング読破までおよそ1週間。
おかげで寝不足の今日この頃です(笑)。

さて、『バッテリー』の魅力は何かというと、まずはキャラクター。
プライドが高く、自分のピッチングに絶対の自信を持っている巧。
巧とバッテリーを組むことを強く望み続けた豪。
二人が正式にバッテリーを組んでから始まる物語の、なんと瑞々しく鮮烈なことか。
戸惑い、揺れ、恐れ、立ち止まり、悩み、苦しみ、ためらい、
それでも、巧の放つボールと、豪の構えるミットは惹かれ合い、
小さいけれど確実な一歩を踏み出す。ああもう、こんちくしょう、です。
なんて一途で真剣なんだろう。なんて恐れを知らず無敵なんだろう。
二人の絆が、ホントに羨ましくて羨ましくて、お腹の底がムズムズしました。
甘美なようでいて、ほろ苦く、優しげで、厳しい。

さらに、荒削りで未完成、それが大きな魅力かと。
荒削りというのは、文章が下手って意味ではないんですけど、
ちょっと説明不足だったり、地の文の語り手があっちゃこっちゃ行ったりして。
あと、後日談的な手法がラストイニング含めた7冊中4回くらいはあって、
もったいぶった演出に映らなくもない。
巻末で大いに興味をひいといて、次の巻の冒頭で
「あれはどうなったんだー!?」って叫びそうになったことがしばしば。
ポンポン場面が飛ぶので、ついていくのに大変苦労しました。
こういう心の動きをじっくりと追うような作品なら、
時系列に沿って丁寧に描くほうが合っているような気がします。

でも、それでも、なんか物語が輝いてるんですよ。
生きて動き続けてるような感じがするんです。
巧が、豪が、わたし達と同じ時間を生きて、
悩み、喧嘩して、笑い合って、野球をして、ってやってる気がする。
少しずつ、少しずつ成長しているような気がするんです。
著者のあさのさんが何巻かのあとがきで、
「巧をつかまえられなかった」って悔しそうに書いてあったのですが、
そのときはさっぱり意味するところがわからず、
なんで弱音を吐いてるんだよ、と思ったんです。
でも、読み終わってから、本当にそうだな、と私も感じました。
巧をつかまえるのは、難しいだろうな、と。

本文中に、巧も豪もお互いを「友達」とは思っていないという箇所があります。
友達みたいに甘く享楽的な関係ではないと。もっと複雑で、割り切れないものだと。
でも、それって、ホントかな、と私は思いました。とっくに友達だろう、と。
馴れ合うだけが友達じゃない。お互いに高めあっていく関係だって友達ですよね。
二人を結び付けている絆が本能的なものという意味ならそれはそうです。
豪が構えてくれるからこそ、力いっぱい自分のボールを投げられる快感。
自分だけが巧の力いっぱいのボールを受けられる快感。
二人はお互いでしか満たすことのできない飢えを抱えて生きている。
巧はといえば、最初はそれだけの関係しか必要としていなかったのに、
次第にキャッチャーとしてではなく、一人の人間としての豪が知りたくなる。
豪はといえば、最初はピッチャーだけでなく友達としての巧をも求めていたのに、
ある覚悟を決めてから、キャッチャーとしての自分を強く意識するようになる。
それさえあれば、巧との友達としての時間なんて惜しくないというように。
物語が進むにつれて、すれ違う心が本当にもどかしいです。
でも、深まっていくお互いへの信頼が目に見えてわかって本当に頼もしい。

ただ。
天才ピッチャーと、その球を受け続けたいと願ってしまったキャッチャー。
現時点で天井知らずのピッチャーは容赦なく進化していき、
だったらキャッチャーは、その球を見失わないように努力するしかないわけで。
巧の球を受けながら、息を吐くだけの豪を見ているのがつらかったです。
今はまだ捕れる、でもこの先は?いつまで捕ることができる??
でも、巧が投げ続けるかぎり、自分は捕り続ける。
悲痛なまでの覚悟を決めて、強くしなやかに変容していく豪は確かにカッコいい。
カッコいいんだけれど、私は豪の笑顔が見たい。

巧の球をそのミットで受け、満足げに嬉しそうに笑う豪が見たいと
そう願ってしまうのです(まるで瑞垣くんの台詞のようですが)。
豪が会心の笑顔を巧に向けられるまで、この物語は続いていくと思います。
というか、続いていかないといけないような、そんな気さえします。
確かなことは、彼らの物語はまだ終わってはいない、ということ。
それが文字になるかならないかは全く関係なく。
とはいえ、数年後か、あるいは十数年後か、もっと先かもしれませんが、
あさの先生がまた彼らの物語を紡いでくれたら、
それは読者として本当に嬉しいことだと思います。

そんな感じで、私の中の『バッテリー』は今も未完成なままです。
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by mrmoont | 2007-06-01 12:57 | 映画・本の話

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